スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


EURO 24 ❹ 決める
4月23日放送分(4月29日再放送分)の『テレビでスペイン語

スペインでの短期滞在リポート(今日のスキット)
今日のフレーズ(EURO 24 ❹)

"Me quedo con este piso." 
"Me quedo con este bolso."  このバッグにします。
"Me quedo con este libro."  この本にします。

「これがわかれば短期滞在はもっと楽しい!」練習問題コーナー

このペンにします。 "Me quedo con esta pulma."
このシャツにします。 "Me quedo con esta camisa."


Invitación al Arte Español 美術からひも解くスペイン
 ◎スペインの画家ピカソの「ゲルニカ」
  ・マドリード中心部にあるソフィア王妃芸術センターにある
  ・ピカソがこの絵を描いたのは、1937年スペイン内戦のころ
   スペイン共和国政府とフランコ将軍の反乱軍との激しい戦闘
  ・1937年4月、ドイツ空軍は交通の要衝でもあったゲルニカを爆撃
   → 多くの死傷者
   → 当時フランスにいたピカソはその知らせを聞いて激怒
  ・1ヶ月で「ゲルニカ」を描き、パリ万博のスペイン共和国パビリオンで展示
  ・戦争の巻き添えになった人々の嘆きと苦しみが描かれている

  ・WW?後も、内戦に勝利したフランコによる独裁政治が続いた
  ・ピカソは独裁に抗議
   → 「ゲルニカ」がスペインに戻ることを許可せず
   → ニューヨークの美術館にずっと貸し出されたまま
  ・1975年、フランコの死によって40年に渡る独裁政治が終わる
  ・後継者となった国王フアン・カルロス1世は総選挙を行い、新憲法を発布
   → スペインの民主化が進められた
  ・1981年、長い交渉の末ついに「ゲルニカ」母国に戻る

  ・しかしゲルニカはバスク地方の町
   → バスクはスペインから分離独立を主張する人たちもいる地域
   → 「ゲルニカ」はバスクの美術館にあるべきだと主張
   → 今でも議論が続いている
  ・政治的な絵、「ゲルニカ」

 ◎スペイン人の名前
  ・「名前・父親の父方の姓・母親の父方の姓」
   e.g. María Gómez Bedoya, Julio Villoria Aparicio
  ・人によってこれに地名や縁者の名前がつきさらに長くなる
  ・普通は父親の姓のみ名乗る
   → 「ピカソ」は母の姓
   → 父の姓が「ルイス」で平凡だったため「ピカソ」と名乗った

EURO 24 比べてみれば

  
コメント
コメントする









       
     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。