海外ドラマを学習素材として使うことについて考えてみました(3)
関連する過去の記事はこちらです。
海外ドラマを学習素材として使うことについて考えてみました(1)
海外ドラマを学習素材として使うことについて考えてみました(2)
そして、今回の記事は「多読・多聴の素材を選ぶコツ」をテーマにしたいのですが…内容は Wood さんに丸投げします(笑)というか Wood さんがすばらしい記事を書いていらっしゃるので、ぜひ「多読・多聴」に関心のある方はご覧になってください!
【楽しく学ぼう!英語!】英語の多聴・多読について考えてみた。
これに限らずなのですが、わたしは Wood さんのご意見に大賛成です。多聴・多読は、純粋に内容を楽しむことが一番です。だから「自然と「多・○○」になるハズ」なのです。
さてさて、わたしが上の Wood さんの記事を読んでいて、注目したのが次のパラグラフです。
「何故、自分は英語を勉強しているのか?」とふと考えると、それはやっぱりもちろん「英語の使い手となるため」であって、「TOEIC 990」とか「英検1級」とか「TOEFL iBT 120」とかじゃないです。
そして、個人的には、周りの英語学習者の方たちにも、単に資格試験のためだけでなく、少しでも英語の楽しさを知ったのなら、「英語の使い手を目指してほしい!」「一緒に目指そうよ!」と思ってしまうのです。余計なお世話かもしれないけど…
今こうして書いていて思ったのですが、きっと「海外ドラマを学習素材にしてしまう」ということについて、「んー」と唸ったのも、この気持ちがあったからだと思います。「学習素材」になった瞬間、「試験のため」になるのが悲しかったんだと思います。
多聴・多読が英語の知識に「血を通わせる」ものとすれば、まるで「血を抜かれた」ような…大袈裟だけど、そんな気がして、代わりにわたしが青ざめます(笑)
んーでも、いろんな方がいろんな目的で学習されていることを考えれば、もちろん学習スタイルとしていろんな形があっていいと思うし、全く問題ないです。むしろそれがおもしろかったりするし。あくまで個人的な感情として、自分の考えを整理するためにも書かせていただきました。
海外ドラマを学習素材として使うことについて考えてみました(1)
海外ドラマを学習素材として使うことについて考えてみました(2)
そして、今回の記事は「多読・多聴の素材を選ぶコツ」をテーマにしたいのですが…内容は Wood さんに丸投げします(笑)というか Wood さんがすばらしい記事を書いていらっしゃるので、ぜひ「多読・多聴」に関心のある方はご覧になってください!
【楽しく学ぼう!英語!】英語の多聴・多読について考えてみた。
これに限らずなのですが、わたしは Wood さんのご意見に大賛成です。多聴・多読は、純粋に内容を楽しむことが一番です。だから「自然と「多・○○」になるハズ」なのです。
さてさて、わたしが上の Wood さんの記事を読んでいて、注目したのが次のパラグラフです。
そうやって考えてみると、今一度、自らに問いてみるといいかも知れませんね。「何故、自分は英語を勉強しているのか?」ってね。現時点での英語力の高低、取得した資格の高低、点数の高低が問題じゃないですよ。あくまで、今の自分のその原点・動機をたどってみたら、多聴・多読というものが、いかに「普通のこと」かわかるような気がしないでもないです。
「何故、自分は英語を勉強しているのか?」とふと考えると、それはやっぱりもちろん「英語の使い手となるため」であって、「TOEIC 990」とか「英検1級」とか「TOEFL iBT 120」とかじゃないです。
そして、個人的には、周りの英語学習者の方たちにも、単に資格試験のためだけでなく、少しでも英語の楽しさを知ったのなら、「英語の使い手を目指してほしい!」「一緒に目指そうよ!」と思ってしまうのです。余計なお世話かもしれないけど…
今こうして書いていて思ったのですが、きっと「海外ドラマを学習素材にしてしまう」ということについて、「んー」と唸ったのも、この気持ちがあったからだと思います。「学習素材」になった瞬間、「試験のため」になるのが悲しかったんだと思います。
多聴・多読が英語の知識に「血を通わせる」ものとすれば、まるで「血を抜かれた」ような…大袈裟だけど、そんな気がして、代わりにわたしが青ざめます(笑)
んーでも、いろんな方がいろんな目的で学習されていることを考えれば、もちろん学習スタイルとしていろんな形があっていいと思うし、全く問題ないです。むしろそれがおもしろかったりするし。あくまで個人的な感情として、自分の考えを整理するためにも書かせていただきました。